MacBook Proは安いか高いか

MacBook Proは安いか高いかどうか。

www.itmedia.co.jp

 

ここまでの高スペックなマシンを、Surface Goと比較するのはさすがにナンセンスだろう。とはいえ、初見では高いと感じてしまったわけだが、実際のところ、それだけの高スペックということも十分に考えられる。最大32GBのメモリだったて、そりゃすごい。それがラップトップに必要かどうかは別の話だが。

 

まず、今回新たに提供されたマシンのスペックを確認してみると、13 inch  / 15 inchで大きく分かれる。

 

13inchの方はざっと貼り付けると、

これで、198,800円(税別)。もう一つ上位モデルとして

220,800円(税別)。主にストレージの差だろうか。

13inchに関しては4コアで、メモリ8GBが標準と考えらえる。なお重量は1.37kg

 

次に15inch。

  • 第8世代の2.2GHz 6コアIntel Core i7プロセッサ
  • Turbo Boost使用時最大4.1GHz
  • Radeon Pro 555X(4GB GDDR5メモリ搭載)
  • 16GB 2,400MHz DDR4メモリ
  • 256GB SSDストレージ1
  • True Tone搭載Retinaディスプレイ
  • Touch BarとTouch ID
  • Thunderbolt 3ポート x 4

こちらが、258,000円(税別)。上位モデルは

  • 第8世代の2.6GHz 6コアIntel Core i7プロセッサ
  • Turbo Boost使用時最大4.3GHz
  • Radeon Pro 560X(4GB GDDR5メモリ搭載)
  • 16GB 2,400MHz DDR4メモリ
  • 512GB SSDストレージ1
  • True Tone搭載Retinaディスプレイ
  • Touch BarとTouch ID
  • Thunderbolt 3ポート x 4

302,800円(税別)。まぁストレージの差だね。重量は、1.83kg

 

13inchと15inchの差として考えのはディスプレイももちろんそうだが、

なんといっても6コア、またメモリは16GBで、オプションで、最大32GBにも対応できる点も大きい。

また、ストレージに関しては、最大4TBまで増設可能だが、それをすると、35万増えてしまう。メモリだけを考えると、+4万程度で増設が可能だ。

フルスペックで70万超えがフューチャーされている気もするが、内訳は主にストレージになる。

 

単純に他のWindowsマシンと比較できないところもある。Apple独自の仕様というべき

このあたりが、Appleの強みというべきところもあるかもしれないし、別にいらんやろってところもあるかもしれない。

  • Siri
  • Touch Bar
  • Touch ID
  • Apple T2チップ
  • Thunderbolt
  • Retina

特に今回は、iMac Proで搭載されたT2チップを採用されたことによりSiriも使えるようになったみたいだ。しかし、MacにSiriはいるのか。いやまぁそれはいい。

 

とりあえずその辺は除外した上で、スペックを考えると、安いか高いかってところ。

 

ちなみに、Surface Book 2 にざっと似ているようなスペックを探してみると、

CPU:intel Core i5(第8世代) デュアルコア

メモリ:8GB

ストレージ:256GB SSD

ディスプレイ:13.5inch

というのがあった。コア数が違うが、それでも、税込200,644円。税抜きなら185,800円くらいだ。なお、Surface の独自としてそれなりな機能も載せているようだし、ディスプレイ、CPUのコア数などの差があり、単純に比較できないが、MacBook Proとそこまで変わらない。むしろ個人的には、MacBook Proの方が安いと言えるかもしれない。

 

15inchに関しては、6コアがないので、

Surface Book 2で見ていると、

  • CPU:4コア intel Core i7(第8世代)
  • メモリ:16GB
  • ストレージ:256GB
  • 15inch

 あたりが近いか。それだと、Surface は 税込306,504円、税抜き283,800円

これを考えると、MacBook Proの方が断然安い。ただ、もちろん市場を探せば安いものはもっとあるだろうとは思う。

 

例えば、

kakaku.com

  • 15.6インチ
  • CPU:Core i7 8750H(Coffee Lake)/2.2GHz/6コア
  • ストレージ容量:HDD:1TB/SSD:256GB 
  • メモリ容量:16GB

で、14万!

 

とはいえ、MacBook Proが特別高いと煽るのは少し誤りとは思える。

 

 

togetter.com

 

gori.me

 

こういったネタを毎度されるのは、Appleゆえのことかもしれない。

Surface Goは買わない。

Officeプリインストール版しかない限りは。

 

www.gizmodo.jp

 

事前の話だと、$399

日本円だと、4万〜4.5万円くらいだろうか。

 

もちろん付属品を合わせれば、そうはすまないだろうが、それにしても安いし、軽いし、スペックも悪くない。

 

iPadは持っているが、iPadは実務には到底使えない。いや使える人は使えるんだろうけど、俺は使えない。そりゃ最悪、開発したいからね。だから、MacBookを持ち運ぶし

まぁそれで満足している。ただ、軽いに越したことはないし、もう出先でアプリの開発をゴリゴリする事も減ってきた。なので、win/macにこだわってないし、軽いラップトップマシンを待ってた所に、期待のSurface Goがきたわけだ。そりゃテンション上がるし、めちゃくちゃ期待した。

 

価格も悪いくないし、こりゃありだと。msは変わったんだと。最近常々感じていた。

ネットスケープをぶっ殺ろそうとし、IEという暗黒のブラウザを世に知らしめようとしたころとは、違うんだと。そう感じた。価格帯としては、無印のiPadもしくはiPad miniあたりかと。最高じゃないか。iPad miniSurface Goだって。そりゃSurface Go一択でしょ。OK、MS。わかったよ。買うよ。Surface Go。

 

japan.cnet.com

 

iPad Proでしたと(価格帯)

 

いや、まぁそれはいい、仕方ない。ローカライズにお金がかかるのかな?日本向けのマーケ費用が何か特別かかるのかな?とかまぁポジティブに捉えようとしたよ。そしたらそうじゃない。Officeだ。Officeが入ってるせいだ。なんで今更Offieをつけるんだ。いったい何を考えてるんだ。

 

米国との価格の違いについて、「日本の一般向けモデルは、Officeをプリインストールしている。これは全世界で日本だけ。このほか、市場の状況や為替などを含めて価格を決定している」(日本マイクロソフト)とコメントしている。

日本だけ(キリッ 

アホか。このクラウドの時代に、office365ではなく、完全クライアント型のソフトウェアをプリインストールさせて母体の価格あげて誰が喜ぶねん。

 

「新たなSurfaceによって、2017年の1.5倍の売上げを目指す」と自信を見せた。

おいおい、SurfaceじゃなくてOfficeの売り上げを伸ばしたいんだろ?そうだろ?Officeをつけて誰が喜ぶと思った。日本のユーザーが喜ぶと思ったか。Officeを入れたいなら入れてもいい、ただ、officeが入ってないやつも用意しろよ。なんで日本だけOffice有り版だけなんだよ。いいか、AppleiPadに何かデフォでアプリ入れて価格あげるなんて、愚行をするか?しねぇだろ。お前らは何がしたいんだよMSは。

 

ascii.jp

 

馬鹿馬鹿しいね、ほんと。日本に配慮したって?いやいや日本国内でのOfficeの利用者を少しだけでも増やしたかったんだろ。これはマジで残念だわ。

 

とりあえず、Officeなし版がリリースされることを願ってるよ。

 

---

追記

 

ascii.jp

 

u-note.me

 

驚いたよ。この人たちは、何を擁護してるんだ。

背景には、日本の店頭で売れるPCのほとんどがOfficeを搭載しているという実態があります。その割合はじつに9割以上とされています(GfKジャパン調べ)。

 

だから、こちとらOfficeがあることをブーたれてるんじゃねぇ。

Office無し版も用意してくれよってただそれだけの話なんだよ。

いいや、日本の店頭で売れるPCがOffice搭載されてるって?そもそもOffice搭載されているマシンばかりしか置いてないんじゃないのか?その統計もっと詳しくみたいもんだわ。Surface  Goのケチをつけたいんじゃない。マシンは魅力的だ。ただ、Officeが入ってないマシンが良いというだけだ。それがそんなにおかしいことなのか。

 

ファーストサーバは二度殺す。なぜファーストサーバを選ぶのか。

ファーストサーバーが提供するZenlogicというホスティングサービスが

障害発生し、復旧の目処がたってないという状況らしい。

www.publickey1.jp

 

 

Zenlogicを利用しているWebサイトの一部は、全く利用できない状態に陥っているようで、地獄のよう。

 

ファーストサーバといえば、新幹線で社長が全裸になったというので

有名だが、

www.itmedia.co.jp

 

それ以上に、

www.itmedia.co.jp

 

やはりこのあたりが記憶に新しい部分かと思う。

規模がどちらが大きいかはともかくとして、データそのものもが消えてしまった上に、

それらを復旧できないという意味で、紛糾していたと記憶している。

 

後々わかったことだが、

www.itmedia.co.jp

 

わかりやすいまでのヒューマンエラーであり、実際この担当者の方が今は元気にしているのか知らないが、元気にサーバー管理をしていたら、それなら嬉しい。

 

ちなみに、過去の記事をみている限りでは、

www.nikkei.com

 

ファーストサーバ社長室の村竹昌人室長は、混乱の続く25日夜、こう語った。5万以上の顧客を抱え、うち8割が法人・官公庁関連というファーストサーバの大規模障害は、依然として被害の全容がつかめないままでいる。

 

小林製薬、109シネマズ、長野電鉄カルディコーヒーファーム海遊館兵庫ひまわり信用組合、薬事日報、日本新聞協会、東京都卓球連盟、静岡産業大学大津市市民活動センター、太陽光発電協会……。

 

といったそれなりに知名度のある企業・団体が利用していることもこれでわかる。

 

ファーストサーバは、

かなり印象の悪いそして致命的な問題が起こしたわけだけど、それでもなんとか復活したということで、

ascii.jp

 

こんな連載も取り組んだほど。まぁ復活してよかったねと。

被害があった人からすると、なんとも思わない記事だろうけど、

反省を踏まえて再チャレンジする人たちのことを止める権利はまぁ誰にもありません。

 

で、2015年ですか。

ascii.jp

 

再始動。そりゃ前に進むしかないですわと。

 

んで、もって、今年の4月ですか。

ascii.jp

 

 

移行がまったく進まなかった1年半、社内外の反発と理解を受けて、

大丈夫かな。。

これが直接的に影響しているわけではないけども、色々やっとるとって話ですけど、

上記記事の2,3ヶ月後ですか。障害発生したわけですね。

 

で、全面停止で、障害の復旧の目処がたってないと。

中の人の心中察するとあまりがあるが、とはいえ、

いったい何をやってるんだ?と小言みたいなことを言いたくなってしまうような気もする。2012年という6年前にやって、2,3年後に復活をアピールした、そして、また2,3年後に"数日経過したにも関わらず復旧の目処がたたない"という障害を起こす。

 

これは、なんなんだとw

中の人たちの頑張りはもちろん重々承知したとしても、技術力に大きな欠点があるのではないかとさえ思ってしまう。

 

 

まぁそれはそれでいいとして、不思議なのが、

2012年ファーストサーバが起こした致命的な問題を受けたにも関わらず

ファーストサーバ(Zenlogic)を利用している人がいるということだ。

 

例えば、海遊館

海遊館のサイトは今は無事だが、海遊館が運営しているニフレル。

これは今見れない。落ちてる。

 

長野電鉄。これも見れない。

兵庫ひまわり信用組合も見れない。

そのほかにもあるのだろう。

 

大規模な障害はおそらくもう起きないだろうという考えがもしかしたらあるのかもしれない。

 

それでも、ファーストサーバーはやってのけた。数年以内に大規模障害をやってのけた。ファーストサーバはマジで二度も殺しにかかってきた。

 

もう信頼は完全に失墜しただろうなぁ。

 

webhosting.yahoo.co.jp

 

しかしこれも見せ方悪いよね。zenlogicって、yahooがやってるように見えちゃうよ。

 

 

もう運動会とか不要な気がするよ

まぁ↓は練習の話だし、いちいち日本の縮図とか言う奴

まじでキモいなとは思うけど。

togetter.com

 

 

そもそも運動会っていらないじゃないかなとは思う。

組体操とか怪我危ないよねってそういう話ではなく、

なんのためにやってんの?ってところで。負の側面の方が多いがするんだが。

 

運動会とは

運動会 - Wikipedia

日本が近代国家を形成する過程において、運動会は大きな役割を果たしたといわれる[誰?]。1つには、地方自治制度の整備や産業化の進展による伝統的地域社会の再編成がすすむなかで地域社会の統合に寄与したことが挙げられる。在学生だけではなくその地域の大人たち、しかも子供を学校に通わせていない大人たちをも含めて運動会に積極的に参加することで学校を中心とする地域社会の連帯を再確認し、強固にすることが可能となった。運動会は従来のムラにおける「ハレ」の場に代わる役割を果たしつつ、地域社会の連帯感の強化に大きな意味を持ったのである。

 

時代は変わったよね。

 

運動会(うんどうかい)は、学校、会社(企業)、地域団体(地域社会)(児童生徒)などの参加者および運営による協力により規定プログラムに従って遂行される体育的な活動行事[1]。体育祭(たいいくさい)などと称することもある。イギリスやドイツの職工体育的行事に起源を有するが、日本における運動会の発足は「国威発揚」「富国強兵」「健康増進」を目的として明治末期から社会的に広く普及[2]したものであることから「近代日本独特の体育行事」[3]であるとされる[4](歴史の節も参照)。

 

まぁこれは学校運動会というより、もう少し広義は運動会だけど、

もう時代錯誤もええところやね。

 

第6章 特別活動:文部科学省

望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図り,集団の一員としてよりよい生活や人間関係を築こうとする自主的,実践的な態度を育てるとともに,自己の生き方についての考えを深め,自己を生かす能力を養う。

 

ピピと笛に合わせて行進なんてこと、まだやってるところんじゃない?

統率がとれればそれは協調性になるのか?

 

集団での人間関係なんてばかばかしいね。

ある子供達にとって晴れ舞台かもしれんが、ある子供達にとっては苦痛でしかない。

たまたまちょっと運動が得意な子供への優越感を提供するだけじゃないかしら。

それとも仲間意識が芽生えますか。普段話しない子と友達に新たになれたりしますかね。孤立が加速しませんかね。

 

運動会とは、全学年及び家族の前で醜態をさらす場

人によってはね。

 

子供達からすると、参加を拒否することなんてできないんじゃない?

どうしても運動が苦手な子もいるだろうし、徒競走などでずっこけた日にゃおしまいである。

 

わいは子供がいるんで、なんども親という立場で運動会に参加してきたが、

参加するたびにそういう思いが強くなるね。

 

それこそ子供だった時は、そんなこと一切考えなかったし、足は速い方だったから

いきったりしていた気もする。

 

親という立場で参加すると、目につくのが、

親どもが、ばかみたいにテント作ったり、くそでかいレジャーシート引いて必死こいて場所取りしてるとか、まぁそんなのはどうでもいいんだけど。

 

特に徒競走なんか見てると、やっぱり走りが得意じゃないんだろうなぁって子が、ドカドカと、大差をつけられて一人でゴールしてる姿なんかを見てると、よく頑張ってねとかそんな話じゃすまんやろってこと。

やっぱり同情してしまう。嫌だろうなって。

 

ダンスだってそう。一体感が生まれるかも知れんが、好きじゃないやつからすれば、

たまらん。わけのわからんポーズを決めさせられて、よくわからん踊りをさせられる。

 

そして親どもが嬉々として、動画に納めて、それを家で鑑賞会。しかも親どものしょうもない総評付き。地獄やな。

 

張り切ってやってるやつは、それでいい。運動神経がいい奴もまぁ問題ないやろ。

ただ、そうじゃなくて、そういうの嫌いだったり苦手だったりやつからすると、たまらんイベントが年に一回存在している学校とかマジ馬鹿馬鹿しいところだねとは思う。

 

強制的な集団活動は必要か

なんのために必要か。

そこから協調性や自主性が得られるのか。社会に出た時に役に立つのか。

理不尽が多い社会だが、社会人には選択肢がある。努力で変えられる。

ただし学校の集団行事はどうしようもない。

運動会が嫌なら、運動を得意になれっての馬鹿げた話だ。

強制的なイベント、効果が不明な行事のために、時間を割かせるんだからね。

 

個人的には良い思い出の方が多いかもしれない。

ただ、人によっては嫌な思い出を作っちゃう可能性が高いようなイベントだったら、もうそれは辞めていいんじゃないかなと。

 

海外ではどうなん?やってんの?運動会。調べる気もせんけども。

 

もっと気楽にちょっと体を動かして遊べるような大げさな順位づけもないような

もので十分だと思うんだけどね。

 

なぜ人を殺していけないのか問題

理由などない。

ダメなもんはダメ。

 

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

 

 

 死刑の是非

人を殺してはいけないのか、だったら死刑はいいのか。安楽死はどうだ。

みたいなそういう話があったりなかったり。

 

↑の本を読むのは非常に頭の体操になる。

 

よく人を殺していいのかと、ある種、意地悪な質問が出て来たりもするわけだけども、

これがなかなか難しい。

 

そういったことについても本書は考えるきっかけを与えてくれた。

 

死刑の是非についてだが、私個人としては死刑自体には賛成である。

その理由としては、刑罰としてというより、犯罪者に対する個人的な感情・怒りが主に先行している。

こんなやつは死刑にすべきだと。

 

例えば、それこそ

www.jiji.com

 

こういう奴は、マジで死刑になってほしいと思う。

全く無実な人がたまたまこんなしょうもない人間と関わってしまったことで、

子供たちを残し二人も死んでしまった。

 

実際に以下のようなブコメも残してしまっているようだ。

東名の夫婦死亡事故、危険運転罪適用し起訴 罰則重い罪:朝日新聞デジタル

マジで死刑になってほしい。一体こんなやつが生きていて一体何の意味があるのか。

2017/10/31 20:00

b.hatena.ne.jp

 

とはいえ、著者に関していうと、実際に死刑容認というわけではないようだった。

あくまで非常に個人的な感情ではある。

 

懲罰としての死刑が成立しない可能性

刑罰として最も厳しい罰として、死刑が位置付けられていると思うが、

実際に、必ずしも受刑する側からするとそうでもないケースがある。

 

例えば、死刑よりも無期懲役の方がつらいという人もいるようだ。

(刑務所の中で、生き続けるよりもいっそ死んでしまいたいというところだろうか。

 

また、死刑になりたいため(死刑制度が存在するがゆえに)、犯罪を犯すというようなある意味で本末転倒な話もあったりなかったり。

(詳細は本書参照)

 

そのため、最も厳しい罰として成立し得ない、また凶悪な犯罪を誘発するという意味では死刑制度が必要ではないのかという話があったり。

 

冤罪の可能性

著者としては、本書のスタンスは一貫して"死刑制度に対する考察"にとどめているつもりかもしれないが、実際のところは、死刑制度に対して反対を表明しているようにも思えた。

 

それが、冤罪の可能性である。

 

そもそも冤罪など100%あり得ない状況にすべきかもしれないが、現行犯ではない限り、様々な要因から100%冤罪をなくすというのは難しいだろうと。

 

ただ、その中で、死刑というものは、取り返しのつかないものである。

冤罪の可能性が1%でもある以上は、取り返しのつかない死刑というものと適用するべきではない

という考え方である。

 

では、現行犯だったら死刑はいいのではないかという話になるかもしれないが、

逮捕の状況によって、刑の重さが変わるというのもそもそもおかしい話であると。

めちゃくちゃ凶悪な犯罪者がいたとしても、現行犯ではないというだけの理由で、最も重い刑罰を当たる事ができないということになったりするので。

 

まぁ確かになぁって感じはする。

 

とはいえ、個人的な感情としては、動機にもよるのだろうが、

やはり人を例えば殺してしまって、その人がのうのうと生きているというのは、

なかなか心理的に受け入れるということが難しい。

 

とはいえ、個人的な感情先行で、あまり死刑制度に向き合うことがなかったので

興味深く読むことができた。

 

人を殺していいのか

という話に戻るが、そもそも理由を考えてしまうことが、結論を遠ざけるような気がしている。

 

"ダメなものはダメ"。ある意味思考停止なようなものであるし、説明責任を果たしてない部分もあるが、道徳的な観点というか、そういう説明できないものというのは、やはり必ず存在していて、この"人を殺してはいけない"というのも、それに含まれるのではないかと考える。

 

例えば、

"悲しむ人がいるから、人を殺し亭はいけない"

"悲しむ人がいなければ、殺していいのか"

 

"自分がやられて欲しくない事を、他人にしてはダメ"

"自分がやられて良いのであれば、問題ないのか"

 

など、理由を考えてしまうとどうしても逆説的な視点より論破されてしまう。

 

こういった話も書いてるので、まぁ楽しんで読むことができました。

 

 

 

 

というような、記事を書いていたら、増田で以下のような記事があり、

はてぶでホッテントリしてた。

 

anond.hatelabo.jp

 

 

結局のところ、先も書いたように理由を求めてしまっている時点で

終了な印象。 

 

根拠がないと違和感を感じる部分がもあるかもしれないが、理由のないけども社会で共生していくために、 必要な道徳的な観点というものがあり、それを無条件に受け入れるような事も必要ではないかとは思う。

 

その前提の上にたった上で、もう一つ議論にも発展するのではないかと思う。

 

 

【MBA100の基本】大数の法則?女児が来る日が多いのは?

 ジャケ買いである。このクセを治さないといけない。

MBA100の基本

MBA100の基本

 

"基本"というタイトルの通り、内容はかなり薄い。

100という数字にとらわれすぎてしまったのではないかと思う。それくらい、一つ一つ大切な事なんだろうけど、それぞれの内容が1.5〜2ページほどで完結する。

 7つの習慣は7つであのボリューム。数字にこだわることは大切だと思うが、目的を見失っては本末転倒なところもがあるが、そこは"基本"というメッセージが予防線として成立しているのかもしれない。

 

***

一つ一つのメッセージの重要性というのは、いわずもがなな部分もあるが、それは大抵いたるところで言われてるような内容である。そういう意味では本書としての独自性・新規性は皆無なのかもしれない。そのため、復習としての読むにちょうどいいくらいかなというところではあるが、テーマは幅広く扱っているので、100のうち数%は新しい発見があるのかもしれない。

 

***

一つ気になった部分があった。こちらは単純に私の不勉強ではあるのだが、

統計を扱うテーマの中で、著者は以下のような問いかけをしている。

 

A)毎日100人の児童がくる公園で女児が60人以上来た日
B)毎日10人の児童がくる公園で女児が6人以上来た日

 

こちらどちらが多いかという問い。わからない人は勉強しなさいということで、終わってる。

 

どっちだろうかなぁなんてことを考えていたが、あまり答えは出ず。で、ちょっとぐぐってみると、

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

すげーよ、知恵袋。というか、同じ内容で答えを知りたがった人がいたってところか。

ただ、回答については納得感があったが、本書においては、

答えは圧倒的にBが多い、です。

これは「大数の法則」によるものです。なぜそうなるのか、わからなかった方は、統計に弱い傾向があるといえますので、弱点克服を意識していただくといいと思います。

ってな感じで、上から目線で書いてあり、なぜBなのかの根拠は書いてない。

 

で、実際それが大数の法則なのかどうか。という点においては少し違和感があったり。いや、大数の法則に対しての理解も私自身が不十分なのかもしれない。

 

大数の法則 - Wikipedia

大数の法則(たいすうのほうそく、英: law of large numbers)は、確率論・統計学における極限定理のひとつで、「経験的確率と理論的確率が一致する」 という、素朴な意味での確率を意味付け、定義付ける法則である。

試行回数が大きくすると、理論的確率に近づくというざっくりな理解で恐縮なんだが、それと今回の公園のケースは、大数の法則としての例として適切なのだろうかと。

 

まぁそういった疑問を与えたくれただけでも、私にとって本書としては読む価値があったのかもしれない。

 

とはいえ、マーク・ザッカーバーグのDone is better than perfectなんて紹介されているのを見ると、ちょっとがっくしって気分にはなるけどね。

 

MBA100の基本

MBA100の基本

 

 

なんとなく「孫正義2.0 新社長学」を読んでみた。

IoTという言葉につられてしまったが、IoTの具体的な所は、少し少なかった感。

孫正義2.0新社長学 IoT時代の新リーダーになる7つの心得

孫正義2.0新社長学 IoT時代の新リーダーになる7つの心得

 

社長室長をつとめた嶋聡氏による孫正義に関するエピソードが中心。

Vodafone買収などそのあたりの話から、アリババの話、後継者と言われたアローラの話など。

面白いエピソードや考え方については興味深い話がちらほら。

 

引き算方式

まず、度々出てくるのが、「引き算方式」。経営としてのビジョン、長期計画を考えるにあたって、孫正義氏は「引き算方式」で行うそうだ。引き算とは、「未来のビジョン」-「現状」=すべきこと。と考える。それに対して逆に「足し算」は積み上げ方式である。まずは「現状と課題の分析」になる。引き算の場合は、目標・ビジョンが先にくる。ソフトバンクの場合であれば、「docomoを超える」、「世界一位になる」というところで、Vodafone買収になったり、アームやスプリットの買収につながる。ただ、それらの買収は容易ではなく、それを実現する上で意識している点が他にもある。

 

成功率7割になるまで考え抜く

5割に愚か。9割では遅い。7割が予見できれば投資すべき。という話。

ソフトバングについては、無謀な挑戦が多いと思われがちかもしれないが、Vodafone買収に関しても、この7割というのが考慮されている。また、リスク管理もしっかりと検討され、仮に失敗したとしても母体に損害が大きくならないように対策する。

それは「プリペア・フォア・ザ・ワースト」、最悪のケースに備えろということで、

Vodafone買収時おいても、2000億のリスクで、2兆の買収を行っている。

2000億でソフトバンクモバイルという100%子会社を用意し、その子会社が、Vodafoneの株を取得させる。ソフトバングモバイルが仮に倒産したとしても、ソフトバング本体は2000億を払う必要な怪我は負わないということ。

 

自分より優れた側近から次々と吸収する。

これは注意しなければならない。ついぬるま湯になってしまう。

before11.hatenablog.com

ちょっと最近話題になった記事だけど、

「コンフォートゾーンからものを言うな」

という話があった。興味深い。

結局のところ、心地よさからぬるま湯につかってしまい、気づけば裸の王様になりかねない。優秀な人間と接することは勇気がいる。ただ、それは成長、自分のものにしていく、組織のパワーアップと考えるか、お山の大将であるか。

 

不言実行より有言実行

まだまだあるが、もうこの辺で。

日本では影の努力というものが美化されがちである。見えない所での努力。もちろん結果の伴ってない状態での努力というのは、ひけらかすものではないかもしれない。

ただし、その見えない努力というのは、ある種逃げでもある。仮に成功できなかったとして、誰にも知られずに済むから、周りにバレることもないだろう。ただ、それでは本当の力がそもそも出せないのではないかと。逃げ道のあるような状態ではなく、有言を行うことで、自分を追い込む。そして追い込まれてこそ本当の力が出ると考えるべきだろうと。

 

 

その他、柳井社長の、「買えないリスクを考えるべき」や、「先見力を磨く」といった話など。興味深い話は多かった。

 

とりあえず生活にIoTがどんどん取り入れられることは自明だろうが、

www.nikkei.com

その中でソフトバングがどのように関わってくるのか、見てみたい気はする。

 

 

 

孫正義2.0新社長学 IoT時代の新リーダーになる7つの心得

孫正義2.0新社長学 IoT時代の新リーダーになる7つの心得