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【誰が「橋下徹」をつくったか】を読んだ。橋下徹氏批判というより、大阪メディア批判というところか。

大阪 政治

過去の出来事をメディアとの関わり合い方を中心に検証されている 

 

誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

 

 

橋下徹氏へ批判的ではあるが

基本的には本書はそうなっている。

批判内容としては

  • ワンフレーズ政治
  • 対立を煽る演出
  • 論理のすり替えをよく行う

など。

 

細かい府政・市政としての実績に関する指摘はほぼなかったかな。

それは本書の方向性とずれるためか、それとも批判できなかったのか。

そのあたりはわからないけど、もう少し細かいデータによる指摘など

あってもよかったかなぁと。(少し借金問題に触れてはあったが指摘内容は弱い)

 

例えばワンフレーズ政治などについては、

例えば、ある事柄については、歴史や経緯などがあり複雑なのでわかりやすく考えてしまうことは危険であると。

 

もちろんそれもあるだろう。

府知事に立候補はテレビタレントとして活躍していたわけだから、

テレビを熟知しているとものいえるしね。

 

それを逆手にとって、このような手法を選択したのかもしれないが、

それ自体は決して悪いことではないし、何かで禁止されていることでもないだろう。

 

報道するメディア側さえフィルタとしてしっかり機能すればいいだけの話のように思う。

 

そこで、在阪メディアがしっかり機能としてのか

という検証が必要というところで。

 

そういうスタンスで本書を読んでみた。

 

在阪メディアの問題

お笑い100万票みたいなことを揶揄する大阪ですからね。

そもそもの土壌が(ry

まぁ、それはいいとして、まず大阪のメディアの問題として、

 

  • そもそも政治部がなく、社会部が動いていた?
  • 視聴率狙いによる橋下徹氏担ぎ。
  • わかりやすく、刺激的なものを扱うという習性

 

といったところ。

 

府知事当選当初は、

「けさの橋下さん」といったワンコーナーが作られるほど。

 

ちちんぷいぷいなどは、はじめだいぶと仲良くしようとしてたよなぁという印象が個人的にはある。

 

例えば受け身か発信型か

当時の平松市長と橋下府知事を比較して。

どちらがいいか悪いかは別にして、市長選への鞍替え選挙の結果としては、

橋下徹氏の勝利となったわけだけど、

当然こちらについても、煽ったのはメディアであって、本人たちのスタイルの問題ではない。(最終的には選択したのは大阪の人間というところもあるけども。

 

twitterによるメディア批判

橋下徹氏はtwitterを手にしてからメディア批判などが増えたということだが、

実際にメディア批判があったとしても、そこから反論などがしっかりできていないのが

在阪メディアの問題としてある。

 

大阪都構想におけるメディアの報道の仕方においても

特にメディア批判が目立った。

 

さらには批判的な学者も槍玉にあがったが、そういう姿勢そのものへの批判や、

大阪都構想の効果等についての批判も本書ではされていたが、

非常に根拠としては薄く感じた。学者がこう発表していたというレベル。

(もちろん信じないわけではないが、著者曰くの詭弁で反論されてしまうだろう)

 

 

橋下徹氏を批判するなら、言動や手法を対象にしても意味がない。

と感じる。

 

わかりやすい言葉だけで、民意を誘導し物事を進めようとする

民主主義としてあるまじきという人もいる。

 

ただ、それを本人に伝えたとしてもおそらく何も変わらない。

(周りには影響があるかもしれないが)

 

最終的には

メディアが悪い・大阪の人間が悪い(もしくは選挙で選ばれた)

となるだけだろうなぁと。

 

もし批判を行うとするならばしっかりとしたデータを取った上での

批判をしなければ、状況は変わらないだろうなぁと

 

また、そういう視点においては批判するような材料がなければ、

批判サイドは、それを踏まえるべきだろうなぁと本書を読んで改めて思いました!