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郵政解散時は民主党に投票し、民主党政権交代時は自民党に投票した。

本日は投票日ですね!

 

投票を促す行為への違和感

投票が近づくにつれて、選挙がらみの記事や投稿などが目につくわけで。

 

考え方思想うんぬんの記事とかは、まぁそれぞれよねぇ。くらいで

特に何も思わないんだが、

投票を促すような記事を見るとどうも違和感を感じる。

 

それもなかなか言葉にできない感じで。

 

一票は大切だというが、実際のところ一票は軽すぎる。

どこかの組織でも属してないようないわゆる無党派層というやつか。

そんな印象。

 

無党派が結果をひっくり返して来たこともあったかもしれんが、

もうそれは世の時流的なもんだろう。

 

実際に、今回のタイトルの通りだが、

郵政解散時は民主党に投票し、民主党政権交代時は自民党に投票した。

 

基本的には、それぞれマスメディア等の加熱っぷりが異常な気がしたので、

それに対してのブレーキになればと思い、世の流れの逆に投票したつもりだった。

 

結果はご存知の通り、

郵政解散時は自民党の圧勝

民主党政権交代時は、民主党が圧勝した。

 

わいの一票など全く効果なし。

 

投票にいく意味がないとは思わないが。

 

 

こういう投票しないと将来後悔するぞ的なやつはね、

違和感しかない。

 

こいつが一票が入れただけで、本当に世の中が、そいつら世代の希望通りに

いくとは思えないわな。

 

なんだよこの例え。

こういうのが逆に投票を下げてると思うわ。意味わかんねーし。はぁ?って感じ。

 

 

大切なのは投票をするというだけではなく、日常的な活動か。

選挙前にバタバタ投票に行こうだなんだと言ったところで、

そう簡単に人を動かせない。

 

権利ですから、行きました。とか選挙行きましたアピールを

どや顔でfacebookで言われてもピンとこん。

 

自分の希望する未来を目指したいのなら、

日常的に声をあげていくしかない。

 

それこそ日本死ねブログのようなある種のムーブメントみたいなところまで

持っていかないと。

 

もしくは同じ考えをもった仲間を増やしていくなど。

そして投票にいく。

 

それなら、なんとなく納得する。

 

一票に神話レベルの価値があるような表現は、逆に無責任

と感じる。

 

投票率を上げることは大切なのはわかる。

 

だが、

あなたの一票がー

とか

投票しなくてあとで後悔しても文句いうな

とかね。

じゃぁ一票投じれば、

文句言っていいってそれだけか?はぁ?

 

 

まぁこのままじゃダメだと心底思った時に、

アクション("投票だけ"という意味ではなくまさに運動かな)すべきなんだろうね。

その人たちが、過去に投票をしていたとか投票してなかったとかは

重要じゃない。

遅いかもしれないが、それしかないだろうなぁと。

 

もうわけのわからん一票神話理論は勘弁していただきたい。

 

まぁ、そんな感じで。