なぜ人を殺していけないのか問題

理由などない。

ダメなもんはダメ。

 

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

死刑 その哲学的考察 (ちくま新書)

 

 

 死刑の是非

人を殺してはいけないのか、だったら死刑はいいのか。安楽死はどうだ。

みたいなそういう話があったりなかったり。

 

↑の本を読むのは非常に頭の体操になる。

 

よく人を殺していいのかと、ある種、意地悪な質問が出て来たりもするわけだけども、

これがなかなか難しい。

 

そういったことについても本書は考えるきっかけを与えてくれた。

 

死刑の是非についてだが、私個人としては死刑自体には賛成である。

その理由としては、刑罰としてというより、犯罪者に対する個人的な感情・怒りが主に先行している。

こんなやつは死刑にすべきだと。

 

例えば、それこそ

www.jiji.com

 

こういう奴は、マジで死刑になってほしいと思う。

全く無実な人がたまたまこんなしょうもない人間と関わってしまったことで、

子供たちを残し二人も死んでしまった。

 

実際に以下のようなブコメも残してしまっているようだ。

東名の夫婦死亡事故、危険運転罪適用し起訴 罰則重い罪:朝日新聞デジタル

マジで死刑になってほしい。一体こんなやつが生きていて一体何の意味があるのか。

2017/10/31 20:00

b.hatena.ne.jp

 

とはいえ、著者に関していうと、実際に死刑容認というわけではないようだった。

あくまで非常に個人的な感情ではある。

 

懲罰としての死刑が成立しない可能性

刑罰として最も厳しい罰として、死刑が位置付けられていると思うが、

実際に、必ずしも受刑する側からするとそうでもないケースがある。

 

例えば、死刑よりも無期懲役の方がつらいという人もいるようだ。

(刑務所の中で、生き続けるよりもいっそ死んでしまいたいというところだろうか。

 

また、死刑になりたいため(死刑制度が存在するがゆえに)、犯罪を犯すというようなある意味で本末転倒な話もあったりなかったり。

(詳細は本書参照)

 

そのため、最も厳しい罰として成立し得ない、また凶悪な犯罪を誘発するという意味では死刑制度が必要ではないのかという話があったり。

 

冤罪の可能性

著者としては、本書のスタンスは一貫して"死刑制度に対する考察"にとどめているつもりかもしれないが、実際のところは、死刑制度に対して反対を表明しているようにも思えた。

 

それが、冤罪の可能性である。

 

そもそも冤罪など100%あり得ない状況にすべきかもしれないが、現行犯ではない限り、様々な要因から100%冤罪をなくすというのは難しいだろうと。

 

ただ、その中で、死刑というものは、取り返しのつかないものである。

冤罪の可能性が1%でもある以上は、取り返しのつかない死刑というものと適用するべきではない

という考え方である。

 

では、現行犯だったら死刑はいいのではないかという話になるかもしれないが、

逮捕の状況によって、刑の重さが変わるというのもそもそもおかしい話であると。

めちゃくちゃ凶悪な犯罪者がいたとしても、現行犯ではないというだけの理由で、最も重い刑罰を当たる事ができないということになったりするので。

 

まぁ確かになぁって感じはする。

 

とはいえ、個人的な感情としては、動機にもよるのだろうが、

やはり人を例えば殺してしまって、その人がのうのうと生きているというのは、

なかなか心理的に受け入れるということが難しい。

 

とはいえ、個人的な感情先行で、あまり死刑制度に向き合うことがなかったので

興味深く読むことができた。

 

人を殺していいのか

という話に戻るが、そもそも理由を考えてしまうことが、結論を遠ざけるような気がしている。

 

"ダメなものはダメ"。ある意味思考停止なようなものであるし、説明責任を果たしてない部分もあるが、道徳的な観点というか、そういう説明できないものというのは、やはり必ず存在していて、この"人を殺してはいけない"というのも、それに含まれるのではないかと考える。

 

例えば、

"悲しむ人がいるから、人を殺し亭はいけない"

"悲しむ人がいなければ、殺していいのか"

 

"自分がやられて欲しくない事を、他人にしてはダメ"

"自分がやられて良いのであれば、問題ないのか"

 

など、理由を考えてしまうとどうしても逆説的な視点より論破されてしまう。

 

こういった話も書いてるので、まぁ楽しんで読むことができました。

 

 

 

 

というような、記事を書いていたら、増田で以下のような記事があり、

はてぶでホッテントリしてた。

 

anond.hatelabo.jp

 

 

結局のところ、先も書いたように理由を求めてしまっている時点で

終了な印象。 

 

根拠がないと違和感を感じる部分がもあるかもしれないが、理由のないけども社会で共生していくために、 必要な道徳的な観点というものがあり、それを無条件に受け入れるような事も必要ではないかとは思う。

 

その前提の上にたった上で、もう一つ議論にも発展するのではないかと思う。